リスキリングとは?
2018年の世界経済フォーラム年次会議、通称ダボス会議で「リスキル革命」と題するセッションが行われて以来、リスキリングという言葉が世界のビジネスシーンにおける一つのキーワードとなっています。リスキリングとは、現在の仕事に必要なスキルや知識を更新・向上させるための全般的な取り組みをいいます。背景には、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進や、生成AIといった新たな技術の台頭によって、今後のビジネスシーンがどのように展開していくのか、誰も確実な未来を予想できないという危機感があります。そのため企業も従業員も現状に対する意識の更新を余儀なくされており、今後新たに発生する業務の可能性に対応力をつけていくという意味で、知的武装を行うための手段の一つとして捉えられているものなのです。
このような新たな技術の誕生による経済構造の変化は、第4次産業革命の到来と形容されることがあります。水力や蒸気機関によって工場の機械化が推進された18世紀末の第1次産業革命、分業に基づく電力を原動力に分業による大量生産を確立した20世紀初頭の第2次産業革命、情報技術や電子工学を駆使して生産のオートメーション化がさらに進んだ1970年代初頭の第3次産業革命に続く、大規模な産業構造の変化がまさにこの第4次産業革命です。IoTやビッグデータによる新たな付加価値の創造や、さらにはAIによって強化されたロボット技術が従来人間が担っていた労働を代替する点で、大きなインパクトをもたらすことが予想されています。
この潮流に押される格好で、2020年のダボス会議では2030年までに全世界10億人をリスキリングして第4次産業革命に対応することで一致したほか、わが国でも経団連が提言する新成長戦略の中でリスキリングの必要性にふれ、2022年には岸田首相が所信表明でリスキリングへの1兆円支援を表明するなど、リスキリングの必要性がますます加速している現状がうかがえます。
なぜリスキリングが注目されているのか?
リスキリングがここまで大きく注目されている理由は、取り組み対象が企業だけでなく、個人や国家のレベルにまで及んでいるからという点が挙げられるでしょう。産業構造そのものの抜本的な変化は、企業体の在り方に影響を与えるだけでなく、そこで働く個人やひいては国家経営そのものにも連鎖的に波紋を広げるからです。
個人レベルでは、何よりも今後の働き方の変化に対応していく必要性に迫られている点が挙げられます。AIに見られる急速な技術の進歩とデジタル化の浸透により、多くの職種が変容しています。従来のスキルセットでは労働市場の需要にこたえることができなくなるのは明らかです。これまでの終身雇用制は崩れ、成果で報酬を決めるジョブ型雇用が採用されるなど、社会構造自体が変化していく中で、リスキリングは新たな技術や業務方法を習得して仕事の安定性と将来のキャリア機会を確保する重要な手段となります。
企業にとっても、グローバル競争の激化や市場の変動性の増加により、迅速で柔軟な組織改編を行う必要性に迫られています。従業員が適切なスキルを持ち、変化に対応できるようになることで、競争優位性を維持して新たなビジネスチャンスを生み出すことが可能になります。また、リスキリングを国家戦略として提唱した経済産業省の意気込みに見られるように、国としても経済再生の主要な柱である「新しい資本主義」の推進力として位置付けており、官民が連携して労働市場のスキルアップを推し進める構えを打ち出しています。
このように労使官が一体となり、経済も含めた社会構造全体を根底から変革する試みの手段として、リスキリングは大きく注目を浴びているわけです。
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企業がリスキリングを導入するメリット
企業がリスキリングを導入することで、これまでにはないメリットを享受できるようになります。まず第一に、リスキリングによって従業員のスキルと能力がアップすることによる生産性の向上というメリットです。新しい技術力として多くの利便性をもたらすAIツールやテクノロジーツールを駆使、活用できるようになれば業務の品質とスピードが向上し、結果としてコスト削減や顧客満足度の向上につながっていくことが予想されます。
次に、リスキリングは従業員のモチベーションや取り組みの積極性を高めるというメリットにも注目すべきでしょう。なぜなら、従業員は自分のスキルを向上させる機会を与えられることによって、仕事に対する自信や満足感を得ることができるようになるからです。さらにリスキリングは、人材の流出や離職率の低下にも貢献します。従業員が自身の成長とキャリアアップの機会を与えられることで、組織内でのキャリアパスや昇進への意欲が高まり、結果的に優秀な人材を確保し続けられることにもつながります。このように、リスキリングを社内に導入することで、自ら進んで業務に取り組む自律型の従業員を増やし、少子高齢化社会が進むことによってもたらされる人材難にも備えることができるといった複数のメリットにつながっていくことが予想されます。
リスキリング導入のポイント
リスキリングを効果的に導入するためには、段階を正しく踏んで進めることが必要です。導入のステップとしては次のような流れが考えられます。
スキルニーズの分析
まず組織の戦略的目標と将来のニーズに基づいて、従業員に必要なスキルを明確にする必要があります。これには業界のトレンドや技術の進化、市場の変化などを継続的にモニタリングすることが大切なポイントとなります。
優先順位の設定
スキルの優先順位を設定し、リソースを効果的に配分していきます。全ての従業員が同じスキルをリスキリングする必要はなく、重要な業務領域や将来の成長に直結するスキルに重点を置いて、戦略的な優先順位を設定することが大切です。
学習環境の整備
リスキリングを促進するためには、学習環境を整備することが重要です。オンラインの学習プラットフォームやトレーニングプログラム、コーチングやメンタリングのサポートなど、従業員が効果的に学び成長できる環境を提供するようにします。
従業員の参加とフィードバック
リスキリングの成功には、従業員の積極的な参加とフィードバックが欠かせません。従業員が自分のスキルニーズや学習の進捗状況を会社と共有し、意見やフィードバックを適宜得られるような仕組みや、学習成果に対する評価が得られるような仕組みを整えることで、従業員のモチベーションは一段と高まります。
持続的な取り組み
リスキリングは一度の取り組みで解決するものではなく、継続的なプロセスとして捉えるべきものです。技術や市場の変化に合わせて常にスキルのアップデートを行い、従業員の成長と組織の競争力の維持に向けた持続的な取り組みとして捉える必要があります。
リスキリングの国内企業事例
リスキリングを導入して企業の競争力を高めている企業を3社紹介します。
日立製作所
国内大手の電機メーカーである日立製作所は、人材戦略の一環としてデジタル人材の強化を掲げ、その導入方法としてリスキリングを採用しました。目的は将来を見据えたDXサービスの「Lumada」を主導できるデジタル人材の育成で、2021年度で3万人規模にまで強化する方針を固めました。現状では国内グループ企業の全従業員約16万人がDX研修に取り組んでいます。グループ会社である日立アカデミーとの共同開発したプログラムに従ってeラーニング形式で学習を進めている点に特徴があります。
富士通
国内大手の通信機器メーカーである富士通は、ITカンパニーからDXカンパニーへの戦略変更を試み、2020年度の改革方針に「DX人材への進化&生産性の向上」を示しました。最新テクノロジーの技術習得を目的に自社で独自の学習プログラム「Global Strategic Partner Academy」を開発、世界中の従業員がオンラインで学習プログラムにアクセスできる仕組みを構築しています。
トラスコ中山株式会社
屋外作業現場用の器具や各種工具を扱う卸売会社、トラスコ中山株式会社では、会社の枠を超えて他社のシステムベンダー従業員とともにデジタル技術を活用した新規ビジネス創出の研修を行っています。この研修を通じてデジタル戦略をけん引できる次世代のリーダー候補を育成しようとするのがねらいです。研修の成果がすぐに実務に活かせる実践的な学習プログラムが特徴で、その先進的な試みは、経済産業省と東京証券取引所の共同選定による「DX銘柄」に2020年から2年連続で選出されるという成果に結実しています。